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EVENT
  • AIRdabada

    Behind the Wall/Staircase & Meeting

  • 26 AUG. 2024 

    1:00PM-7:00PM

  • Maebashi Works

    2-7-17 Chiyoda-cho, Maebashi, Gunma

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  • Press Release

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Project Overview -About Wall-

「壁」というメタファーは、時代の波に乗ってその意味を大きく変えてきました。
1990年代初頭、ベルリンの壁の崩壊(1989年)は、まさに新しい時代の到来を告げる象徴的な出来事でした。東西冷戦の象徴として人々を分断していた壁が崩れ去る映像は、イデオロギーの対立から統一、閉鎖から開放への転換を鮮やかに描き出しました。その瞬間、多くの人々が自由と国際協力の時代の幕開けを感じ、国境の壁が薄れゆく未来への希望を抱いたのではないだろうか。 しかし2001年のアメリカ同時多発テロ事件(9.11)は、新たな恐怖をもたらし、「安全保障」の名のもとに見えない壁—すなわち検問や監視のシステム—が再び強固に築かれました。テロの脅威に対抗するため、世界中で移民に対する規制が強化され、壁は再び安全と防御の象徴としての役割を担うようになり、それは台頭するナショナリズムとも相まって「壁」に新たな意味を持たせたました。 特に、トランプ政権下での、メキシコ国境沿いの壁を築く計画は、排除の象徴として社会的に注目を集め、その動きは、単なる物理的な壁の建設に留まらず、民族や宗教、経済的不平等を背景にした「社会的な壁」の構築をも意味していきました。そして、記憶に新しいCOVID-19のパンデミックは、「壁」というメタファーをさらに複雑なものへと変えました。 国境が再び閉じられ、都市や地域がロックダウンされ、私たちは自宅に閉じこもる生活を余儀なくされました。このとき、私たちを隔てていた、まるで無いような素ぶりの透明な衝立が描いたのは、公共の不完全とコミュニケーションの難しさ、社会的な孤立だったのではないだろうか? 今、私たちが「壁」を目にするとき、それはかつての開放と希望の象徴ではなく、むしろ閉鎖と制限の手段となってしまっているのかもしれません。開放への扉を開くはずの壁が、今では私たちを守る名目の境界を作り出し、その内側に閉じ込めるための存在へと変わってしまったのです。だから私たちは壁から始めたいと思う。 まずは、隔てる壁を通り抜ける声をバイパスにして、聞こえなくてもいい声や、見えなくていいものを決めつけないために。そして壁を背景に、共同の方法を探ります。

2009年、村上春樹のスピーチ「壁と卵 – Of Walls and Eggs」より…
“We are all human beings, individuals transcending nationality and race and religion, fragile eggs faced with a solid wall called The System. To all appearances, we have no hope of winning. The wall is too high, too strong—and too cold. If we have any hope of victory at all, it will have to come from our believing in the utter uniqueness and irreplaceability of our own and others’ souls and from the warmth we gain by joining souls together.”

壁の向こう側にある部屋は、1階でも2階でもない。どちらでもないその場所を使わずに、上にも下にも行くことはできない。もし行くことができるとしたら、そこで行使されるのは、階段を作る「力」と、別の入口を作る「破壊」だけである。